小樽の誕生
小樽が観光地として脚光を浴びた大きな要因は、何と言っても運河問題が全国に 大きく報道さ れた事でしょう。
町を二分する大論争が数年にわたって続くのは
「それ程迄大論争する価値が有るのか」
と言う大きな関心を呼ぶ事になり、その結果小樽の経済史に残る数々の歴史的建造物が見直されるようになりました。
明治、大正はまさに日本歴史の中でも数少ない大変革期であり、その経済政策の多くは北海道に向けられ、その中心にいたのが小樽でした。
小樽港の防波堤を見ても、その力の入れようが分かります。幸か不幸か戦後の小樽の衰退が日本の高度経済成長にとり残された存在だった為に、大半の遺産が手を付けられないまま残りました。
小樽はまさに、北海道の開拓博物館と言っても過言でないでしょう。
今の小樽は古いこれらの遺産と、全く新しい商業施設が混在し町の経済機構は一変しておりますが、そのへんを区別、整理して見る必要が有ります。
多くの観光客が訪れるには先人が残してくれた、偉大な遺産と歴史、文化、風土だと思えてなりません。
平成19年(2007)小樽運河とその周辺の街並が「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されました 明治から昭和初期にかけての繁栄した、銀行や運河沿いの倉庫郡などが風情をしのばせております。
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