小樽運河の歴史
■小樽市の面積 243,13km2 人口140,885人(2006,12末)
■小樽市の木 シラカバ 花 ツツヅ 鳥 アオバト
■小樽市役所の所在地 花園2丁目12番1号
電話(0134)32−4111
小樽と石狩との境に一本の川が流れていました。
今は河川改修で新川と言う名で直線的に石狩湾へ注いでいますが、昔は今の銭函海水浴場の砂浜を大きく蛇行しながらゆっくり流れる川でした。
こうした川の様相からアイヌの人々はこの川をオタルナイ「砂の中を流れる川の意」 と読び、今から約400年前そのオタルナイ河口に、松前藩は魚場を開き、オタルナイ場所と名付け、これが「小樽」の発祥で、夏になると大勢の人で賑う海水浴場の砂浜で小樽はオタルナイ川を母に生まれました。
その後オタルナイ場所は地の悪さからカツナイ川より西の、入船河口に移されますが魚場の名前は変わらず、その後入船河口はオタルナイ、オタナイ、尾樽内、小足内、穂足内、小垂内、小樽内、と、さまざまな文字を 充てられながら、大きく繁栄し、今日の小樽の基礎を形づくり、地名「小樽」と統一されたのは明治2年(1869)に開拓史が設置された後の事でした。
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